A:銀色の妖異 ムーンプリンセス
異界ヴォイドに棲まう存在、妖異……。上位の存在を、我らが原初世界に召喚しようとすれば、エーテルを投じて次元の境界に穴を開けなければならない。しかし、ごく稀に次元の裂け目、ヴォイドクラックが自然発生し、インプのような低級妖異が紛れ込むことがある。そんな現象が月面で起こっていたら?
満足な依代のない月面では、砂や土に妖異の魂が宿り、プリン状の形態を成すはずだ。これこそ、ワタシが証明したい「ムースプリンセス」だよ……!
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
人の住むこの「物質界」と並行して存在するという異世界ヴォイド。そこには妖異の世界だ。妖異はエーテルを喰らって生きているのだが、ヴォイドにはそもそもエーテルが少ない。そのため妖異は他の妖異を獲物としてそのエーテルを喰らって生き延びている弱肉強食の世界だ。故に強大な上位の妖異にはその命に従う下位の妖異が下僕として付き従う。そうして集団に身を置く事で自分の身を守ると同時におこぼれに預かるのだ。
私はそんなヴォイドに生まれ落ちた。その時は人の姿だった。ヴォイドの妖異には12の階位があり私の父は8位の妖異だった。とても強者とまでは言えない地位だが幸いヴォイドの片隅を根城としていたことで小さいながらも自らの組織を持ち、争いに巻き込まれることなく過ごしていた。国としての態が整っていたわけではないけれど従者は父を王とよび、母を王妃とよび、私を姫と呼んだ。他人のエーテルを奪って生き延びるヴォイドにあって、比較的平穏でおだやかな集団だった。だが強きが弱きを喰らう殺伐とした世界で平穏な時がそんなに長く続くはずもない。弱い者はどんどん食い荒らしてエーテルを奪うのが普通の世界で、温和な父のやり方に不満を持っていた配下の妖異は多かった。もっと喰いたい、喰って強くなりたい、そういう思いを押さえ込むような父の支配に不満を持つ妖異がふとしたことからが父を上回る力を手にしてしまった。
それでも多くの妖異は父を守ろうとした。当然だ。多くの者はこの国がなくなれば明日には他の妖異に喰われてしまう身なのだから。だが上位の妖異が中心になった反乱軍に下位の妖異が勝てるはずはない。見る間に反乱軍は屋敷を上り詰め、玉座のまで父に詰め寄った。私と母は父の命で玉座の奥にある隠し通路のから屋敷の別棟の隠し部屋に隠れていた。石造りの隠し通路の向こうから父の断末魔が聞こえた。それは通路の石壁に反響して恐怖をさらに煽った。母は口を両手で多い鳴き声を殺して泣いた。私と母は隠し部屋で息を潜めて隠れていた。
ザワザワと妖異たちが騒ぐ声がする。隠し通路が見つかってしまったようだ。ガチャガチャと通路を歩いてくる音がする。通路を抜けたらこの部屋が見つかるのは時間の問題だ。母は体を震わせ物陰で小さく縮こまる私を庇うようにしていた。足音がガチャガチャという音からドスドスという音に変わる。妖異たちが別棟に入ってきたようだ。ここに居ても喰われてしまう。私は辺りを見回した。母は意を決したように立ち上がると奥の壁に掛けられていたカーテンを引きはがした。そこの壁には亀裂が入っている。その亀裂の隙間から見えているのは外の景色ではない。何かドロドロしたような、クニャクニャと空間が歪んだような…。母は言った。ヴォイドクラックだと。その先が何処に繋がるのか、どうなっているのかは分からないという。だが、其れしか逃げ場がない時には飛び込もうと父と決めていたのだという。
母は壁に掛けてある槍を手に取ると部屋の入り口の前に立った。時間は稼ぐ、だから飛び込みなさいと。下品な妖異に娘は喰わせないと。間もなくこの部屋に妖異が辿り着く。母は私に向かって最期に叫んで命じた、行けと。
ヴォイドクラックは人間の住む「物質界」と妖魔の住む「ヴォイド」を隔てる次元の壁のようなものに開いた空間の裂け目だ。12階位の最下位に当たるような力が小さくて弱い妖魔クラスならそのまま通り抜けできるが、ある程度力のある妖異は肉体ごと通過する事は出来ないものらしい。そういった上位の妖異は魂だけが通過でき、物質界にある依代に憑依する事で物質界に存在する事が出来る。ヴォイドクラックに飛び込んだ私は肉体を失い魂だけの存在となって物質界へと放り出された。
そこは何もない砂漠のような所だった。空には碧く美しい惑星が見える。私は依代に出来るような物を探し彷徨ったが、探せど探せど、依代になるようなものは見つけられなかった。
私は焦った。物質界に放り出された異界の魂はその存在が安定していない。そのため、魂は周りの空間に侵食され、氷が水に溶けるように、少しづつ空間と同化し薄まっていく。依代が見つけられなければ私の魂は遅かれ早かれこの空間に霧散してしまうだろう。何とか依代を見つけなければ。
時間ばかりが過ぎ魂が薄くなっていく。嫌だ、消えたくない。
依代が見つけられないままどのくらい彷徨っただろう。自我も薄くなり始め、はっきりした意識が保てなくなっていく。消えたくない、私は強くそう思った。そして私は意識を失った。
気が付いた時、私はまだ存在していた。
改めて自分の体を確認してみる。どうやら無意識のうちに無我夢中で砂や土を依り代としたらしい。手も足もない、骨もなくて形もはっきりしないような体。勝手なことは分かっている。消えたくないと、死にたくないと願ったのは確かに私だが、この体で生きていくこの先の人生に絶望を感じるなと言われても、それは無理な話だ。